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◇ 聖人伝説
ヒマラヤとにかく、ヒマラヤに何百才や何千才とかいう聖者がいるというのは、地元の人達も信じているくらいで、この地にさがしものをみつけにやってくる人は後を絶たない。ポカラへ飛ぶ前に1時間のマウンテンフライトに飛び乗り、ヒマラヤ山脈8,000m級の山々の遊覧飛行を体験した。エヴェレストの頂上ムム手を伸ばせば届くほどの距離のところで、順番に1人づつコックピットからの眺望を堪能できる、すばらしいツアーだ。今日は晴天で実によかったノと、感謝する。雪を頂く連なる山々の嶮しさ、中腹には草木も生えず、谷底の凍てついて蛇行する川などを観ていると、人間を、動物をも寄せ付けない神々しさでいっぱいの心になった。シャンバラがあっても不思議じゃないし、仙人がいるというのも、本当かもしれないなー、と、時々出てくる疑いの心もこのときばかりは、素直にそれを受け入れたのだ。次の日の早朝、今度は大地に足をつけ、湖畔から雪を頂くヒマラヤを見た。やはり、昨日の上空から見たのとは違って、その高さゆえの迫力、アンテナ的地場を感じることができる。この時、初めて山を登りたいという衝動にかられた。シェルパ(山岳民族で、登山のガイドのプロ)達に聞くと、「60のおばあさんでも登れるよ。お金と暇があればね。」と言っていた。大勢のシェルパを雇い、酸素ボンベを贅沢に用意し、ロープで引っ張ってもらいながらムムということだ。アレイスター・クロウリーがあの時代にK2登頂というのは、やはり信じられないほどの体力と気力があってのことだろうし、私には不可能かもしれないが、でもまったく荷物みたいに頂上まで運んでもらうのではなく、少しはトレーニングをして、できるだけ自分の呼吸や、筋肉や、アンテナで何かを感じたい。いつ頃それができるだろうか?と、真剣に考えながら、湖畔のメインストリートに並ぶ一件のおみやげ屋さんに入った。
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^o^ バンスリ奏者-ラビ ガンダリとセッション ^o^
バンスリ奏者旅に出ると私は、いつも楽器を持ち帰ることに決めている。この楽器屋に入ったのは、彼が一人、竹の笛に穴を焼きながら、吹いて音を確かめていたからである。日本の篠笛も好きだが、それぞれの地で育った石や竹は、その音にその地の波動を表現しているなー、と日々感じているから、思い出にもいいし、アジアではどこにでもあって、持ち帰りやすいのである。是非集めていきたいと思っている一品だ。たとえば、オーストラリアのディデュリドゥ−、1m以上の大きさで、地底から響いてくるような大地の律動を、日本の縦方向、尺八は、山々に流れる清水の心、高い周波数の小さな横笛は、風、空を突き抜けていくし、ヒマラヤの竹笛、バンスリはどのエレメントと仲間なのだろう。壁一面に飾ってある大小の笛を眺めながら、ラビにいくつかの笛の音出しをしてもらう。この人は、空気の波動を知っていて、自分の呼吸をそれに合わせることを知っている人だ、と、その音を聞きながら、その伝わってくる彼のテレパシーみたいなものを受け取った。それに合わせて、そこに並べて置いてあったチベタン・ベルでその波動を送り返し、時々目で確認し合いながら、しばらくその会話というか、セッションを楽しんだ。ラビはここに店を出すまではもともと山奥で生まれ育ち、フォークロアの文化から、自然との共鳴を学んだらしい。あちら側の山奥というと、もうチベットとの境である。西洋の、人の感情に共鳴するメロディーもすばらしいが、タクラマカン砂漠あたりの、風や雲を動かせそうな響きは、やはり神への讃歌という感じがして気持ちいい。たとえばモンゴルのホーミームム喉を震わし、空気を共振させ、その声というか音は1km先にまで届き、動物達までもが寄ってくるという。波動や共振から、やはり話は神や命、魂について広がり、帰りの飛行機ぎりぎりまでここで、又ディスカッションをすることになる。山人であった彼は、机の下からドングリのような木の実を出し、皮を剥いてかじり出した。アーユルヴェーダでは、あらゆる木の実、木の皮や葉っぱを食すが、何という偶然か、日本を出る前に私の家の近所に落ちていたドングリを5、6個、お守り袋に入れて、この時も身につけていたのである。それを取り出し、「これは日本のそれと同じだと思うが、苦くて普通は食べないよ。」と、ヒマラヤ産のドングリと取り替えて、お互い食べてみる。ラビはやはり苦そうにしているが、ヒマラヤ産は少し小ぶりで、ちっとも苦くなく、ピーナッツみたいだった。

彼の家族はもちろんみんなの様に、代々家の宗教を受け継いでいるが、やはり真面目な彼は神や魂について深く考え、受け継がれているからといって納得できないものは信じられない、と親たちにさげすまれながらも探し続けている。宗教の自由な日本とは違い、この地で宗教を持たないというのは、差別にも似た見えない冷笑をかうらしいが、それならその神とやらを見せてくれ・・・と、返しているらしい。そして、これからインタビューにまわるとゆう私の質問の中に、是非これも聞いてきてほしいと言う。「魂は、身体が死ぬと、すぐにか、しばらくして次の身体に入るというが、それなら人口がこれだけ増えたのに、魂の方が数が足りないじゃないか。後の魂はどこからくるのか?」とても真剣な目だ。毎日でもこれについて考え、悩んでいるように。しかし私も彼のこの理路整然とした質問に「うーん、そうだなー。」と、疑問がムクムク膨らんできた。まるで彼の知りたい欲求が、私にうつったようだ。今や、私の欲求になっている。

「よしっ、わかったら必ず知らせるね。」と言って、住所を聞いた。驚いたことに、電話すら600件に1台のネパールで、もちろんこの店にも無いのに、E-mail Address を書いてくれた。各家に電話が無いので、町じゅうに国内 、国際電話屋があるが、3年前には滅多に見かけなかったインターネットの看板も町じゅうにあって、彼はそこでアドレスを取得しているらしい。ネパールからだと、4円程で日本にもメールが送れるわけで、手紙より安いし、何より確実なのだ。世界中から集まってきているNGOなどの団体の人たちも、あちらこちらで、モバイルによる情報のやり取りをしているのを見かけたが、それを考えると、日本はまだまだだなー。と、汗を拭き拭き空港へ急ぐ。が、毎度の事ながら、結局3時間も何も無い待合室で待たされ、やっと夕刻、カトマンズに戻ってこれた。アストロロジャーとの約束は7時だ。何か食べたら、すぐに行かなくては・・。
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