蠍座満月2026年5月:渋い満月ー欲望とポーカーフェイス

シャンバラを探して|ネパールで受け取った運命の巻物「イダモ」

神々の棲むヒマラヤ シャンバラを探して

南インドで「アガスティアの葉」という運命の記録に触れたあと、私はネパールへ向かった。
ヒマラヤ――そこは地球のアンテナ。
そして出会ったのは、もうひとつの運命の形「イダモ」だった。

*1996-8年のネパール旅。25年間下書きのままだった記録を、2026年に公開します。

ネパール|シャンバラのあるという国

 首都カトマンズ、珍しく夜遅くまでにぎやかだ。今回の旅はちょうどネパール暦の正月にあたる祭りと重なった。

光の祭り”ティハール”
街全体がライトアップされ、どの家の窓にもプジャ(祈り)のためのランプがともされる。

標高2,500m級の山々に囲まれたカトマンズ盆地は、有史以来の呪術の盛んな場所である。日中は未舗装の道の粉塵やスパイスやチャイ売りの喧騒と相まって魑魅魍魎としている盆地の古都。

夜になれば、ごま油のランプの赤い炎が、家々の窓ガラスや道角の神像に映り、ゆらゆらと幻想的な世界を楽しませてくれる。

ネパールでの正月

そこいら中にある神様、ひしめく小さな商店たちは、これでもかという程に飾りたてられている。

明日は我が身か?という肉屋の軒先につながれたヤギ達までも、眉間にティカという赤い粉で装飾されている。

姉妹が兄弟に魔除けのプジャをする日に、同席させて頂いた。この家族のペット、大きな陸亀・・・部屋の隅で、何かが動いている!と見にいったら、その亀の甲羅にもティカがつけられていた。

ネパール・カトマンズ、1998年のティハール祭りの様子
ネパール・カトマンズ、1998年のティハール祭りの様子

ティハール1日目はカラスの日、3日目は女神ラクシュミの日、毎日儀式が決まっている。5日間の祭りの最終日は、ネパール暦1119年の始まりである。

自分の人生図ー運命が、神とともに描かれる巻物「イダモ」

 前回インド〜ネパールを放浪したときに友だちになったネワール族の家を訪れ、再会した。私が「占星術」をしていることを知った家族は、「イダモ」と呼ばれるものを持ってきた。インドでは、ジャナム・パトリカ(Janampatrika)と呼ばれるもの。(※「イダモ」とは、出生図と運命が神聖図として描かれるネワール族の巻物)

チェーン付きの蓋のある古びた金属製の筒には、素晴らしい装飾と宝石や古いサンスクリットのような金文字。その筒の中には、羊皮紙のような紙の巻物が入っている。広げて私に見せてくれた。

ネパール の占星術師に作成してもらった「 イダモ」を入れる金属製の筒
ネパール の占星術師に作成してもらった「 イダモ」を入れる金属製の筒

まるで映画でよくあるような、危険と戦いの末に手に入る「古代の魔法」「宝物の地図」のようだ。神様と記号がいっぱいでマジカル、それでいて美しい手描きのアート。

私の出生図はどんなふうに描かれるのか?
(いや、単にこの魔法のような巻物が欲しい。。)

運命は動かしてこそ

 運命研究者を自負する私は、世界中に点在する「運命を扱う人やスポット」に出かけてリサーチそして体験することが好きだ。机上で文献を研究するだけでは満足できない。

時代が進んでもまだまだ解明されない「人生の神秘」。
数千年、その前からあらゆる賢者が研究してきた。

日々刷新されるテクノロジーを投入すれば、
今なら統計で大まかな運をはじき出すことが出来るだろう。
でも本人自身が「運命」を考え感じることが大事だ。
そのうえでしか、「運を拓く」ことはできない。

他人の価値観、人真似の人生では、
開運どころか自分が生きる意味もわからない。

そして宇宙は多次元だ。
2次元の情報だけでは、シンクロするに乏しい。
動き、感じ、体験してこそ、
「人生の神秘」に少しでも近づけると考えるほうだ。

1996年3月、カトマンズ・スワヤンブナート。仏陀の目が四方を見つめるストゥーパの前に立つ。

1996年3月、カトマンズ・スワヤンブナート。仏陀の目が四方を見つめるストゥーパの前に立つ

アガスティアの葉 vs イダモ

 そんな私の前に突然現れたイダモは、南インドで苦労して手に入れた「アガスティアの葉」のように私を興奮させた。

私の欲望を察知した家族たちは「まだ持ってないなら是非作ってもらいなさい」と、さっそくアストロロジャー(占星術師)に連絡し、アポイントを取ってくれた。信仰心と親身な気持ちが有り難い。

“イダモ”というのは生まれたときに作成し、後生大事に扱わなければならない。出生図・運命などが神と共に描かれた、自分だけの美しい巻物である。

そして、これはうかつに人に見せてはならない。見られると、簡単にブラックマジックをかけられて大変な目にあうのだと、親から子へ教えられて脈々と受け継がれている。

もちろん、死んだときにはこれと一緒に焼かれることになるのだ。川辺にあるヒンドゥー教寺院で焼かれていたあの女性も、イダモと共に灰になり、ガンジスへとつながる川に流されたのだろう……とふと思った。

1996年12月、パタン・ダルバール広場。黄金の門が輝く王宮入口。
1996年12月、パタン・ダルバール広場。黄金の門が輝く王宮入口。

ネワール族の占星術師、GANESH K JOSHIに会いに

 西洋占星術と似て非なるインド占星術。
少し勉強したことがあるので、
イダモに描かれる四角い魔法陣がホロスコープだとはわかる。
しかしどの占術にもいろんな流派がある。
自分とは違う流派の話を聞くのも研究という楽しみのひとつ。
そしてインド系の占星術師は、先祖代々その血を受け継いでいるものだ。


どんな人だろうとワクワクしながら準備した。
外国人にマーケティングしている占師が高い料金を取るのは、インドでもシンガポールでもエジプトでも同じ。

インドのローカルではお金ではなく米が多かったが、GANESHも米でよいらしい。
しかしイダモも作ってもらうので、喜捨金も包んできた。

リビングで甘いチャイを頂きながら、
忙しそうにしている家族を眺めていたら、不安が当たった。

1996年12月、カトマンズ。広場に赤と白の模様を描くティハールの祭り準備。
広場に赤と白の模様を描くティハールの祭り準備

「ティハールの用事で出かけなければならない。
だから、あさって以降もう一度来てくれ」

と言われた。
日本でいうと、
年末のこの忙しいときに・・・という感じなのかもしれない。
しかし、日本以外ではよくあること。
多忙な時期でなくても、日常茶飯事だ。
日時の約束にあまり厳格さはない。
すべては、神の思し召し。
自分の運でもある。
それでは気分を変えて、さて何をしよう。

ほかの約束もあさって以降なので、
今日はもう1日、
大好きなピルグリム・ブックハウスで過ごし、
明日はヒマラヤを仰ぎにポカラヘ行ってみよう。

*この“運命の巻物”は実際にどう描かれるのか? → 続きはこちら

ヒンドゥー教と仏教と密教とクマリ

 ネパールの国教はヒンドゥー教だが、釈迦の生まれた国でもある。またチベットからの亡命者の多いこの地は、宗教のチャンポンという感じだ。寺院内において、真ん中にはヒンドゥーの女神ラクシュミが、しかしその両わきにはブッダが座っていたり。

古都パタンの寺院の女神は背中に翼をもっていて、キリスト教の天使の様相だが、ガルーダのように空を飛んでいるのだ。

カトマンズの古都パタンの寺院広場の柱の上 翼を持ったガルーダ神
カトマンズの古都パタンの寺院広場の柱の上 翼を持ったガルーダ神

厳格なイメージのある、チベット密教の修行僧らであるが、ゆったりと観光客と談笑したりしていて、不思議に自由を感じる。宗教にしばられない、でも古代や宇宙時代の神がいたるところにあり、しかしブラックマジックという見えない敵もある。自分が楽しく生きるのも、不要な念や波動から自分を守るのも自分。大切なことだと思う。

カトマンズ・クマリ館

Pilgrim Book Houseー現代のアレキサンドリア図書館

 私の中ではアレキサンドリア図書館と肩を並べるくらい引力を感じる場所、ピルグリムブックハウス。「巡礼者の本屋」——なんと的確なネーミングだろう。

ちょっとしたバーも奥にあり、民芸品、タロットデッキやプジャ用品、パワーストーン、民族音楽や瞑想用のCD、アーユルヴェーダの化粧水や石けん、アロマオイルなど何でもある。しかも価格シールがついているので、まずここで値段をチェックするのがいい。日本でいうと精神世界グッズ屋さん、ただしアレキサンドリア規模の。

本棚には英語やサンスクリット語、ヒンディーやドイツ語まで、古書、レア本が並ぶ。子ども用のマンダラ、ヤントラ、世界の神々、ゾディアックの”ぬりえ”を見つけたときは思わず笑ってしまった。ジャンルは宗教、ニューエイジ、料理、ヨガ、オカルト、魔術。

カトマンズのPilgrimBookhouseのカタログ 1998年
カトマンズのPilgrimBookhouseのカタログ 1998年

魔法書店 魔法学校?呪術が行われている

2階、3階へ行くと板張りの床にアンティークな窓辺、かわいい机といすがひっそり置かれていて、購入しなくともそこで読書ができる。

カタログの1ページ目がAnthropology(人類学)から始まるこの本屋。
Faith healers(直訳すると信仰治療師)や呪術、魔女術などによる癒しの儀式が、ネパールの山村ではいまだ日常的に行われているといったことの本のようだ。

カトマンズ。土の道に描かれた魔法陣。
カトマンズ。家々の扉の前、土の道に描かれた魔法陣。

魂、悪魔など

ネパールにおけるチベタンラマ、グルンシャーマン(グルン族という民族)の活動データ、そして魂や悪魔など。
そんな、目に見えない世界のことを勉強するための分析を含めたテキストになっているらしい。

日本にはまだまだこういう類の書物は少ないかも。私の腕には、欲しい本が徐々に積み上がる。

私の抱えているジャンルを見た紳士な店員が、ほこりを払いながら一冊を探してきて渡してくれた。

「このアストロロジャーの本も、とても勉強になる。おすすめだよ」と。他の占星術所にはない独自の?秘密の?しかし非常に納得・腹落ちする説明が書かれていて感動する。

LIGHT ON LIFE

タイトルは”LIGHT ON LIFE”。その本の著者のロバートは、西洋人として初めてアーユルヴェーダのライセンスを取得し、首席で、その大学を一九八〇年に卒業したらしい。(ヴェーダの中には、アストロロジーも含まれている)とてもまとまっていて、わかりやすい本だ。

宇宙は自立生成の法則ー星たちは、順番に自分でそれを決めた

その中の「いかにして惑星とそのルーラーが決まったか」というお話を紹介しよう。星たちは、順番に自分でそれを決めたらしい。

―はじまりはエデンに住む、キングとクイーンであるところの太陽と、月からはじまります。 彼らは、見渡す限りの絶対的君主であったので、まず獅子座、蟹座から取り決めていきました。 それを見ていたお隣りの水星は、すかさず太陽に尋ねてみました。「ゾディアックの国を、少し私にも分けてくれませんか?」と。

太陽は寛大だった

太陽は、寛大に「よし、わかった。おまえは私の隣りである乙女座を取るといい。」と答え、その言葉通り、自分の隣りの国を与えたのです。しかし、機転が利き、二枚舌でご存知の水星です。こんなに簡単に手に入ったのだからと、太陽が沈んで夜になるのを待ちました。

月は太陽を映す

そして夜になり、水星は今度は月のところへ行って「ああ、女王様、太陽は私に国を分けてくれました。あなたもそのようにしないのですか?」と。

 月は太陽の光で輝いているのですから、まったく太陽がした通りに月も光る事ができるのです。そこで女王は、太陽と同じように、「わかりました。私の隣りの双子座を取らせましょう。」

と、いうことで、乙女座と双子座は、水星の土地になったのです。

金星も欲しがる

隣りで見ていた金星も、同じようにやってみました。

正直な太陽は、「水星には私の隣りの国を与えたのだから、その隣りの国を与えよう。」と言って、同じ広さを分け与えたため、欲求の星、金星は、天秤座と牡牛座を自分のものとすることができました。

星座を分けあう

順番にその隣りの星たちは、同じように太陽にかけあって、いつも話の届くのが一番遅い土星も、同じように山羊座と水瓶座を分けてもらい、今のルーラーとなったのです。 

太陽ー共感ー思考ー欲望ー行動ー知識ー放棄

この惑星ールーラーーサインというメカニズム、人間の成長としても描くことができる。

まず、魂と感情(太陽と月)の、初めてのその経験が、考える心(水星)として独立する。もっと考えれば、それが欲求(金星)として、その欲求が、行動(火星)を生みます。そして真実の欲求により動いた結果、それは知識(木星)となるのです。 知識が熟すと、今度はそれを放棄・制限(土星)します。なぜなら、もう自然の法則も解っており、満足しているからです。

人の人生もまた、これと同じ。地球上で起こっていることは、天上でおこっていることを現しているのです。

なるほどー。美しく完璧に整合性がある物語である。初学の頃から求めていた答え(誰がルーラーを決めたの?)がここで回収されたのだ。気持ちいい。

そして折り目正しい執事のようでいて哲学者のような店員さんの目利きにも感謝しきれない。ここに来るとつい時間を忘れ、帰りには何冊も抱え込んでいることになってしまう。

でも、たくさん買って重くなっても大丈夫。ジュートのオリジナル手提げ袋に入れてくれるのだ。

ネパールの伝統ボードゲーム「バグチャル」真鍮製・羊とトラの駒
ネパールの伝統ボードゲーム「バグチャル」真鍮製・羊とトラの駒はすべて中に片付け可能

ポカラへの旅

 カトマンズからプロペラで小1時間、湖のバックにヒマラヤの山々が望める世界有数のヒーリングスポット「ポカラ」。ネパールへ来たらまずここへ立ち寄って、8,000m級の山々の頂を拝まねばと、とてもかわいらしい空港へ降り立った。

珍しくホテルの客引きにも誰にも声をかけられなかったので、記憶を頼りに歩いて湖畔の宿まで行こうと決める。夕方にはどこかのホテルにチェックインできるだろう。と、リュックからかっぱを出し、キツネの嫁入りみたいな小雨の中をずんずん歩いていく。

1996年、ポカラ・フェワ湖。ヒマラヤを望む湖をボートで渡る。
1996年、ポカラ・フェワ湖。ヒマラヤを望む湖をボートで渡る

地図は心と空が決める

しかし、どうも方向が違うみたいだ。雲間に見える雪山の頂は、背後にある。歩きながら不安が確信になるのを感じるが、急ぎの予定はない。ゴールを急がず、景色を楽しみながら歩く得意の散歩に切り替えた。外国人も見なくなり、何度か牛と道を譲り合いながら歩く。

心理学者・フレミングとの出会い

 おいしそうな匂いに誘われて入ったチベタン屋台に、白人男性が1人ヤキソバを食べていた。やった!道も聞けるしお腹もすいた。そして、やはり途中の曲がり角をすっとばしていたことを教えてもらえた。

なかなか来ないヤキソバを待ちながら色々話していると、30才のフレミングという名のデンマーク人で、心理学関係の仕事をやっているらしい。コンピューターで、人間の神経や心、ヒーリングによる影響などを分析している会社にいたらしい。

サタンリターンと心理学研究

 サタンリターン(占星学用語で、誰もが30歳前後に体験する土星回帰からの影響)を迎え、分析や数値だけでなく、自分がそれを体験するために旅に出たのだろう。3週間かけて山を登り、チベット密教寺院やヨガ行者らをみて、昨日に下りてきたらしい。

お互いの質問や関心事、それに対する価値観が似ているというか同じ周波数というのか。日本人同士でもなかなか前に進みにくい話だが、つい今しがた出会った、お互いの国の地理的位置さえもよく知らないのに。「デンマーク」——そのとき私にはアンデルセンくらいしか思い浮かばず、森やお城などがある甘いお菓子だらけのところ!?と思っていた。(日本人がちょんまげ・着物で刀さしてるっていうのと変わらないか!)

フレミングの方も「中国、日本とあって、その東の国は何だ?」とか言っていて、何だかとてもホッとする。初対面でもツーカーと話が通じやすい人とは、自分が持っている星と同じような星や角度を持っていることが多い。前世で会ったことがあるのだろう。そして、ヒーリングや魂、カルマ、人間と神や宇宙について話しているうちに、この後6時間もディスカッションが続くことになる。

占星学者と心理学者が、ミクロコスモスとマクロコスモスを考察する

彼曰く、占星術はわからないが、自分のコンピューターにソフトを使ってホロスコープチャートを出したことがあるらしいし、旅に出発する前には、女性占い師のタロットカードでヴィジョンを確かめてきている。

そのため、難しい単語を並べるよりも、絵やシンボルのおかげでコミュニケーションもスムーズにはかどった。

女占師には軽い気持ちで占ってもらったそうだが、「東洋の女性から、人生を左右される影響を受けるはずだ」と言われたのを思い出して、ますます真剣に熱い語り口調となる。

「ダイアン・フォーチュンのこんな本は読んだか?シュタイナーやスウェデンボルグの本は?」

もちろんそれらは本棚のお気に入りの場所に置くべき本たちである。好きな本が一致するとは、同じ属性であるので、国籍や言葉が違っても話は早い。

フレミングのチャート

どんな波動が合致しているのだろうかと、私と彼のチャートと比較すると、コンジャンクションやオポジション、スクエアの数も多いが、お互いのASC/DECに、お互いのライツが来ている。

ナバムサでは、二人とも水星、冥王星がタイトなコンジャンクションである―日本人同士でもなかなか前に進みにくい話題だが、つい今しがた出会った、お互いの国の地理的位置さえもよく知らないのに…。

私たちは小さな紙に、ホロスコープや銀河系などの絵を描きながら、やはり一番気になる「この地球」について考えた。

ヒマラヤ――地球の中で一番高い、まるで地球のアンテナだよね。宇宙人だって、地球の一番高いこの山が〇×△山で、と、目印にするに違いない。

ヒマラヤの上に三日月と星が浮かぶイメージ画像
ヒマラヤの上に三日月と星が浮かぶイメージ画像

隕石ハンター

 話は飛ぶが、伊勢の近くに住んでいる、ある界隈では有名な人に、隕石を溶かして作った刀を見せてもらった事がある。その刀は妖しくにぶく光りを放ち、とても重い短剣だ。隕鉄は重い。メテオライトやギベオン、モルダバイトなどと同じで究極のパワーストーン。

刀を作ったその人は、隕石ハンターから聞いたというこんな話をしてくれた。

「隕石は、モンゴルなどの平原や砂漠に多く落ちるという。都市部のように地球の磁場がアスファルトなどでカバーされていると磁力が弱くなるから、隕石は、より強い引力の方へ引っ張られ、平原などに落ちるのだ。」

真理を求めて高山へ

低い都市部よりも山、高ければそのぶん宇宙線やインスピレーションを受信しやすいはずだ。だから昔から、真理を求める隠者は山で修業し、世俗を避けつつ天空に周波数を合わせたのではなかろうか。

 英語で言うとThe Earth、電化製品とかのアースは電気を逃がす目的で使っているが、地球だって、それをほかの方向に流す役目もあるのだろう。

世紀末論を考える

 世紀末論を考えるとき人は、地球までも含めてどうにかなっちゃうのかと自然に考えやすい。地球が大丈夫なら人類も生き残るのでは、と誰に教わったわけでもないのに信じる。ふだんはただ大地、という認識の方が上回っているように思える。認識というか、無意識かもしれない。

アストロロジーでさえ、遠い太陽や木星、土星などのキャラクターは事細かに語っているけれども、この地球について性格や意味の定義を表出していないようだ。

私もこの意味をかねてから考えていたが、この話がどこまでも広がり、つい太陽系を離れ、時間は数千年単位になり、夕食をとっている間に夜十時になってしまった。

ディスカッションの締めくくりに、お互いの”地球”を定義してみようということになった。

私は、ミラクルをクリエイトできる「ミラクルボール」と定義。フレミングは一言、「マジック」だとした。

そこで、マジックとは?という次のタイトルにぶつかるが、今日はここまでとして、お互いのアドレスを交換し、何か発見したらメールで送り合おうと約束して別れた。

カトマンズ・カーラ・バイラヴ像の前に立つShakti/1990年代ネパール
カトマンズの守護神、カーラ・バイラヴ。この街では、すべてが神様の目の前で起きている

やっと宿を探して部屋に入った。お香に火を灯け、明日見られるであろう風景を想像しながらベッドに転がり込む。

エベレスト遊覧——地球のいちばん高いアンテナ

 ヒマラヤに何百歳や何千歳とかいう聖者がいるというのは、地元の人達も信じている。

山には仙人がいて、シャンバラであるこの地にさがしものをみつけにやってくる人は後を絶たない。

ヒマラヤ 遊覧飛行

 カトマンズからポカラへ飛ぶ前に、1時間のマウンテンフライトに予約を入れた。ヒマラヤ山脈8,800m級の山々の遊覧飛行。

しかし、いつその予約したプロペラ機に乗るアナウンスが入るのか?

時間通りにことが運ばないのは慣れているが、そう広くはない飛行場にプロペラ機が見当たらない。聞けば、遊覧予定のプロペラ機が、前の遊覧から予定時刻を過ぎても戻ってこないという。消息も取れない??不安な気持ちと、よくわからないシチュエーションに軽く酔いながら空港でのんびり待つしかない。

ひとり旅は、こういうときも同行者に気を使ったりしなくていいから楽でもある。

数時間遅れだが、無事に10人乗りのプロペラ機に搭乗。どんどん高度を上げていくが、エベレストはまだまだ高い。雪をかぶる山々を縫い、その絶景に神を見た。

エベレストと戦うパイロット

 エベレスト、高さ8,840メートルの頂上付近、手を伸ばせば届くほどの距離のところ。

順番に1人づつコックピットからの眺望を堪能できる、すばらしいツアーだ。

山岳地帯では、多少のトラブルがあってもそれはいつものことで、だからそれを回避できる技術があるんだと言って胸を張るパイロットも素敵。

シャンバラと仙人

 雪を頂き連なる山々の嶮しさ。中腹には草木も生えず、谷底の凍てついて蛇行する川などを観ていると、人間を、動物をも寄せ付けない神々しさでいっぱいの心になった。自然に涙も出る。今日は晴天で実によかったと、神に感謝する。

シャンバラがあっても不思議じゃないし、仙人がいるというのも、本当かもしれない。地上にいると時折出てくる疑いの心も、このときばかりは素直にそれを受け入れたのだ。

次の日の早朝、今度は大地に足をつけ、湖畔から雪を頂くヒマラヤを見た。昨日の上空から見たのとは違って、その高さゆえの迫力、アンテナ的地場を感じることができる。このとき初めて、山を登りたいという衝動にかられた。もっと宇宙に近づきたい。

ヒマラヤ頂上
ヒマラヤの頂に触れるような光――“地球のアンテナ”としての波動を体感した瞬間

チョモランマへの登山!?

シェルパ(山岳民族で、登山のガイドのプロ)達に聞くと、「チョモランマね、おばあさんでも登れるよ。お金と暇があればね。」と言っていた。大勢のシェルパを雇い、酸素ボンベを贅沢に用意し、ロープで引っ張ってもらいながら日にちをかけて挑むということだ。なるほど、高山病のためにも時間をかけるのは必須なのだろうが、相当な費用がかかりそうだ。

宇宙旅行とチョモランマ登頂、同じくらいかかるかもしれない。

アレイスター・クロウリーのエネルギー

 ふと、アレイスター・クロウリーが頭をよぎる。クロウリーがあの時代にK2(標高8,611m)登頂というのは、やはり信じられないほどの体力と気力、そして魔力があってのことだったろう。

私には不可能かもしれないが、でもまったく荷物みたいに頂上まで運んでもらうのではなく、できるだけ自分の呼吸や、筋肉や、アンテナで何かを感じたい。

なんて考えながら、湖畔に並ぶ一件のおみやげ屋さんに入った。

バンスリ奏者ラビ・ガンダリとのセッション

 旅に出ると私は、楽器を持ち帰ることにしている。この楽器屋に入ったのは、彼がひとり竹の笛に穴を焼きながら、吹いて音を確かめていたからだ。日本の篠笛も好きだが、それぞれの地で育った石や竹は、その音にその地の波動を表現しているなー、と日々感じているから、思い出にもいいし、アジアではどこにでもあって持ち帰りやすい。是非集めていきたいと思っている一品だ。

オーストラリアのディジュリドゥ

 たとえば、オーストラリアのディジュリドゥは1m以上の大きさで、地底から響いてくるような大地の律動を。

日本の尺八は縦方向、山々に流れる清水の心。高い周波数の小さな横笛は、風、空を突き抜けていく。

ヒマラヤの竹笛、バンスリはどのエレメントと仲間なのだろう……?

壁一面に飾ってある大小の笛を眺めながら、ラビにいくつかの笛の音出しをしてもらう。

この人は、空気の波動を知っていて、自分の呼吸をそれに合わせることができる人だ。音を聞きながら、伝わってくる彼のテレパシーみたいなものを受け取った。

それに合わせて、私はそこに並べて置いてあったチベタン・ベルでその波動を送り返し、時々目で確認し合いながら、しばらくその会話というか、セッションを楽しんだ。

バンスリを奏でるLABI(ラビ)/ネパール・ヒマラヤ滞在中のセッション
バンスリを奏でるLABI(ラビ)/ネパール・ヒマラヤ滞在中のセッション

モンゴルのホーミー

ラビはここに店を出すまではもともと山奥で生まれ育ち、フォークロアの文化から自然との共鳴を学んだらしい。あちら側の山奥というと、もうチベットとの境である。西洋の、人の感情に共鳴するメロディーもすばらしいが、タクラマカン砂漠あたりの風や雲を動かせそうな響きは、やはり神への讃歌という感じがして気持ちいい。たとえばモンゴルのホーミーは喉を震わし空気を共振させ、その音は1km先にまで届き、動物達までもが寄ってくるという。

波動や共振から、やはり話は神や命、魂について広がり、帰りの飛行機ぎりぎりまでここで、またディスカッションをすることになる。

食べられるどんぐり

山人であった彼は、ドングリのような木の実を出し、皮を剥いてかじり出した。アーユルヴェーダでは、あらゆる木の実、木の皮や葉っぱを食すが、何という偶然か、日本を出る前に私の家の近所に落ちていたドングリを5個ほど、お守り袋に入れて、この時も身につけていたのである。それを取り出し、「これは日本のそれと同じだと思うが、苦くて普通は食べないよ。」と、ヒマラヤ産のドングリと取り替えて、お互い食べてみる。ラビはやはり苦そうにしているが、ヒマラヤ産は少し小ぶりで、まったく苦くなく、ピーナッツみたいだった。

宗教の不自由

彼の家族はみんなのように、代々家の宗教を受け継いでいる。しかしやはり真面目な彼は神や魂について深く考え、受け継がれているからといって納得できないものは信じられない、と親たちに反抗しながらなにかを探し続けている。
伝統的な複数の宗教が入り混じったネパール。それでも、宗教の自由な日本とは違い、この地で宗教を持たないというのは、差別にも似た見えない冷笑をかうらしい。

それならその神とやらを見せてくれ・・・と、返しているらしい。そして、これからインタビューにまわるという私の質問の中に、是非これも聞いてきてほしいと言う。

死後の魂

「魂は、身体が死ぬと、すぐにか、しばらくして次の身体に入るという。しかし、それなら人口がこれだけ増えたのに、魂の方が数が足りないじゃないか。後の魂はどこからくるのか?」

とても真剣な目だ。毎日でもこれについて考え、悩んでいるように。しかし私も彼のこの理路整然とした質問に「うーん、そうだなー。」と、疑問がムクムク膨らんできた。まるで彼の知りたい欲求が、私にうつったようだ。今や、私の欲求になっている。

魂の数の不整合

「よしっ、わかったら必ず知らせるね。」と言って、住所を聞いた。驚いたことに、電話すら600件に1台のネパールで、もちろんこの店にも無いのに、E-mail Address を書いてくれた。

各家に電話が無いので、町じゅうに国内・国際電話屋があるが、3年前には滅多に見かけなかったインターネットの看板も町じゅうにできていて、彼はそこでアドレスを取得しているらしい。

ネパールからだと、4円程で日本にもメールが送れるわけで、手紙より安いし、何より確実なのだ。

世界中から集まってきているNGOなどの団体の人たちも、あちらこちらで、モバイルによる情報のやり取りをしているのを見かけたが、それを考えると、日本はまだまだだなー。と、汗を拭き拭き空港へ急ぐ。
が、毎度の事ながら、結局3時間も何も無い待合室で待たされ、やっと夕刻、カトマンズに戻ってこれた。アストロロジャーとの約束は7時だ。何か食べたら、すぐに行かなくては・・・。


では――
そのイダモには、何が描かれていたのか?

続き→占星術師GANESHとの対面と、イダモの中身へ


*魔女の家出版より1999年発行されたもののオリジナル版です。
*実際に旅に行って見聞したのは、1996~1998年。

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